(長坂) 登山2015 その1

 2か月ぶりの投稿です。恥ずかしい話だが、IDとパスワードを忘れてしまった。諦めて岩田君にメールした直後に思い出した。やっぱ書かないといけないと反省した。

さて、現役諸君の記録にはビックリする。東海地区のレベルも然りであるが、陸上は勝ち負けとは別に記録が残るスポーツなので、目標をしっかり持って頑張ってほしいと思う。

さて、今回から毎年記載する登山の話をします。


(その1)
 山登りを初めて40年になる。初登山は高専4年生の時、電気科の後田先生(退官)に誘われて御嶽山に1泊二日で登った。たしか10月初旬であった。半袖の毎日だったので、先生から
「山は寒いから防寒の用意をしてきなさい」

という忠告も聞かず登ってしまった。山では、この時期には当たり前に降る雪にビックリし、とにかく持参した服を全て着込み対処した。足がシモヤケになった。
しかし、これで懲りるどころか頂上での喜び・景色の素晴らしさに感動し、いつの間にか登山を趣味の1つとするようになった。
 〜写真は御嶽山の雄姿。昨年の噴火で多くの犠牲を出した。私としては想い出の山なのでとても残念だが。。。機会があれば再度登りたい。〜

 
 さて、今年は南アルプスに挑戦する予定だった。荒川岳(3141m)〜赤石岳(3120m)を縦走しようと相棒(会社の同期)と決めたが、相棒が都合で行けなくなり話はお流れになってしまった。若い時なら、「じゃ、俺一人でも登ろう!」と単独決行するかもしれないが、
 「もう、若くないので無理がきかない。」 
 「山は逃げない。また行けばよい」

こう考えて、一度は”中止”と諦めたが。。。。。
〜写真 中央が赤石、右奥が荒川岳。こうして書いていると登りたくなる。”山はイイ!“〜

                                            続く


プラス1 山の怖さ(“おーい・おーい”の声)
 1997年 薬師岳山頂を歩いていた時、谷の方から“おーい・おーい”と声が聞こえた。確か明け方の霧が深かった日だった。相棒と一緒だったので、聞こえてくる方向には行かず山小屋に向かった。(きっと、我々ではない人に向かって声を掛けているだろうと思った)。


 この話は、書籍“黒部の山賊“にも記載がある。そこには、
「死を誘いう呼び声である。バケモノが呼んでいるのだ。“おーい”と返すと、そのまま谷の方向に行き死んでしまう。登山者なら“ヤッホー”と返事しろ。そうすれば、バケモノは黙ってしまう。」


今思えばラッキーだった。いや命拾いをしたかもしれない。山は霧がでるのが当たり前。道を間違うこともしばしばある。もし、そんな時に“おーい”が聞こえたらヤバかったかもしれない。
 〜写真は薬師岳頂上にて。背面に光っているのは“ブロッケン現象”で、自分の姿の周りが光輝いて見える瞬間。神秘的な光景だ。〜