会長の ”東北震災地を訪ねて(後編)”   原発を行く 4

久ノ浜 2

この写真は、久ノ浜海岸に立つ秋義神社(稲荷)の鳥居である。回りの住宅は津波被害で破壊されてしまい、この赤い鳥居だけがポツリと建っている。以前紹介した“奇跡の一本松”同様、奇跡の鳥居?かも知れない。左の幟(のぼり)には、“ここに故郷あり 稲荷神社”と書いてある。きっと被災者の拠り所だと思う。


Sさんに言われるまま海岸方面に向かうと、国道6号線を渡って急に何もない荒地が見えた。あまりの違いにビックリした。津波が届くか否かでその後の生活が大きく違う。これでは町が1つにまとまらないかもしれない。


こういう言い方は良くないかもしれないが、
“中途半端はいけない。”
(写真:遠くに見えるのは津波被害を免れた家屋)

久ノ浜は、復興に向けて足並みを揃えることすら大変だ。
“複雑だなぁ!”

そんない思いを胸に海岸を後にした。


原発の核心部に向かって北上すると、交通量が極端に少なくなってきた。どうやら避難指示区域が近づいてきたようだ。
さらに進むと、マイクロバスや作業用バンが頻繁に行き来する場所があった。
“これはヤバイ。見学する場所じゃないかな。”

冒険者の感が騒いだが、思い切って後をつけていくと、寄宿舎(飯場)らしい建物に到着した。“ディアハウス久ノ浜”と書いてあるが、どうやら鹿島建設の復興作業宿泊施設らしい。津波被害で仮設住宅に住む人や、原発被害で避難する人々がいる一方で、復興に携わる人々で賑わっていた。
ネット情報(2011年11月)では、
『東電によると、事故発生以来、東電と協力企業の延べ48万人が収束作業に当たり、現在も1700人が従事する。対応拠点「Jヴィレッジ」のある広野町の民宿は盛況が続き、隣接するいわき市の歓楽街やパチンコ店は「ミニバブル」に沸いていた。
 民宿を営む女性は「うちは大成建設さん。全80室を1部屋月5万円で貸している」と語った。いわき市の国道沿いには鹿島の寮「ディアハウス久ノ浜」が建設され、2階建てプレハブ12棟で寝泊まりする作業員のため通勤バスが走る。』

この町は、破壊⇔無傷  避難⇔復興出稼ぎ  失業⇔バブル という両極端を担っている。
これが現実なのだ。


そして、いよいよ未知の領域に突入する。

                          続く