会長の ”東北震災地を訪ねて”   津波の爪跡 6

陸前高田 4 

〜写真は高田第1中学校南側から市街地を眺めたところ。雑草が生い茂る部分に家屋があった。正面の青い部分は海(広田湾)で距離にして2キロ。津波はここ小学校まで押し寄せ、陸前高田の街を破壊した。〜


(Oさん) 私の家は、あの赤い屋根(写真左下)があるところだった。地震があった時は街に出ていてね。。。大きな地震だった。大した考えはなかったが、とにかく家に帰った。
 どれくらい時間がたったか知らないが、津波が来ていると知った。
その瞬間、すぐに学校の高台に逃げた。なぜそうしたか、自分でもよくわからない。何も考えずに必死だった。たぶん、100m走だったら過去最高タイムかな。。。(笑)
登り終わって吸ったタバコが美味かった。本当に美味かった。
 
 そして、下を見ると壊せれた家などが押し寄せてきた。
そして、あっと言う間に私の家も壊された。
(私)   怖かったでしょう。
(Oさん) 怖いなんていう感情はなかったな。怖かったから逃げたんじゃない。勝手に体が動いただけ。他の人も沢山ここまで逃げてきた。逃げてこれない人は死んだ。皆で津波を眺めていた。ただ、ボーっと眺めていた。

(私)   じゃ、あと数分逃げるのが遅かったら。。
(Oさん) たぶん死んでた。

 〜この時は、さすがの私も鳥肌がたった。〜
津波直後 同場所から撮影)

(私)   津波は濁流のように押し寄せたのですか。
(Oさん) 違う。水が流れてくるイメージじゃないんだ。家や家具や車など、ごった返した物が、“ゴー。。”と押し寄せてくる。あんな景色は見たことない。
(私)   そうだったんですか。
(Oさん) そして、引いて行くときがさらに凄かった。
その日は、逃げてきた人たちと学校で一夜を明かした。

(私)   そうですか。
(Oさん) 次の日の朝、流れてきた残骸の中に死体が沢山あった。
(私)   えっ。
(Oさん) 職員も最初は手を合わせていたが、何十もの数だから、まるで物を運ぶようにトラックに積んでいた。
(私)  ・・・・
(Oさん) 悲しい感情なんて無い。片付けるだけで精一杯なんだ。

〜私は涙がでるのを隠そうとして立ち上がり、遠くを眺めた。〜
(写真は、手を合わせる救助隊員)

続く


(追伸) 
 今日の新聞に伊豆大島の被害記事が載っていた。海津波に対して山津波である。更に台風27号が接近している。被害が無いことを祈りたい。