“いまどき”の大学受験(最終章)                                                                      賽(サイ)は投げられた   その4

その4 早慶都の西北陸の王者

2月13日(日)
 遂に、息子が早慶の受験で東京に行く日がやってきた。
「受けてみろ」と言ったのは私であり、息子は、むしろ立命館を受けたかったようだ。東京で大学生活を送るというイメージが全く浮かばないと言った。だから、「合格したら。。。」よりも、早慶試験中にある同志社大学合格発表の方が気がかりだったに違いない。まして、来週は第一志望の京大入試がある。言ってみれば、
「場数を踏む試験」
「息抜きの、落ちるだろう気楽な試験」

かもしれない。それでも受ける以上、傾向と対策の“青本”「慶応義塾大学」だけは買って眺めていた。
 ホテルは半年も前に予約しておいた。浜松町にある東京グランドホテルで、一泊朝食付き8,000円と都心にしては安価である。ここは私が出張で使っており、コストパーフォーマンスが良い。もちろん慶応受験地 日吉(神奈川県)、早稲田受験地 高田馬場へのアクセスは調べてないので、息子には事前確認するよう話しておいた。。何しろ3泊4日の長丁場である。
 時間の殆どを受験勉強に費やしている息子を見ていると、
「右も左も分からない東京で大丈夫かな?」
と心配で仕方なかったのだ。しかし、子供が親の言うことなど聞くはずもなく

“両大学の下見などせず、初日はホテルでゆっくりと過ごし、息抜きなどせず、早稲田を受ける友人のホテルへ押しかけて、やることもなく・何処かに行く勇気もないまま、直前対策と称して勉強したそうな。”

予定 実際
2/13 ”日吉”まで下見 ホテルでゆっくり
2/14 慶応受験本番
2/15 早稲田の下見・息抜き 友人泊のホテルで勉強?
2/16 早稲田受験本番

 こんなことなら、わざわざ伝えなけりゃ良かった。


2月16日(水)
予定通り、早稲田の試験が終了して、夕方の新幹線で帰宅した。
 いつもように、矢継ぎ早に質問した。
(私)  どうだった?
(息子) できたか、できんか。。よう分からん。
(私)  受かりそうか?
(息子) たぶん、ダメじゃないかな。

 この「たぶん、ダメじゃないかな」という響きが今でも残っている。はじめから“ダメ元”で受けた試験だから、ダメなのは当然と淡々とした口調であったが、やがて喋りが快調になっていく。

(息子) それにしても早稲田の英語はさっぱり分からん。あんな問題が出来る奴はいない。
(私)  そうか、そんなに難しいのか。
(息子) 難しい。早稲田に合格しようと思ったら、いっその事、英語は捨てて数学と理科を勉強した方が良い。
(私)  へぇー、そうなんだ。因みにお前は何点くらいとれそうだ。
(息子) まぁ、40点くらいかな。

この辺が浪人生の凄いところである。「さっぱり分からん」とは10点とか、20点未満のイメージだが、40点とは。。。

(私)  だけど、40点取れるなら結構なもんだよな。
(息子) そう?  そんなもんだよ受験生は。
    ・・・・
(息子) もし、これで早稲田が受かったら、適当に選んだ回答が“たまたま合った”ということかな。
(私)  そんなに謙遜するなよ。
   ・・・・・
(私)  ところで慶応はどうだ。
(息子) 出来たような、出来なかったような。
(私)  ふーん
(息子) 早稲田よりは出来たと思う。
(私)  そうか。
(息子) そういえば慶応会場の日吉は遠くて、ギリギリに到着した。
(私)  お前なぁ、同志社の時に懲りただろう!
(息子) だから俺もホテルの人に確認して、余裕を持って出たんだが。。
    ・・・・
(私)  実際に受けてみて、どっちが気に入った?
(息子) 慶応だな。日吉は田舎で俺には合っている。
(私)  だけど、早稲田と言やぁ私学の雄だし、都心は良いぞ。
(息子) そうかなぁ、俺は魅力感じん。
(私)  まぁ、受かってから心配することだけどなぁ。

   この時すでに、息子は慶応が良いと言っていたし、私は早稲田に行って欲しいと思っていた。まさか、両方受かって両方辞退するなんて思いもよらなかった。
    ・・・・

(私)  来週はいよいよ京大だなぁ。頑張れよ!
(息子) うん。それと京大受験日に早慶の合格発表がある。連絡しないでくれ。
(私)  そうだな。

 同志社の時と同じである。要するに「考えたくない。考えなくても良い。」心境でいたいのだ。

この時、私には厄介な問題があった。早慶に行くことになった場合の下宿探しである。京都には叔母が住んでいたので、こっそりと話しをしていた。
「一年間だけ叔母の家に居候させてもらい、2年生になったら条件の良いところを探せば良い。それまでは居候代は食事代のみ。」

しかし、東京に身寄りはいない。そこで、会社の後輩(昔の部下)に、下宿探しをお願いしようと考えていたが、躊躇しているうちに日にちだけが過ぎていった。
 「最後まで黙っておこう。京大落ちて早慶になったら、その時はその時!」

腹をくくった。振り返れば結果オーライだが、どうも虫の音が騒いだようだ。


この日から京大入試まで一週間あったが、予備校に行って帰ってくるという淡々とした毎日だった。私には、勉強に熱が入っているには見えなかったし、息子も「あの時は全然勉強しなかった。」と後述している。同志社に合格したから安心したのか、京大に何としても合格したいという執念の欠如か。。。それでも予備校の良いところは、
 「いつも勉強できる環境があり、先生・担任が話し相手になってくれる。」
 「一緒に受ける仲間がいる。刺激を受ける。」

 だから、気合が入らないと思いつつも、英単語や過去問・直前講習を淡々と消化することで、力はついていく。80%の消化率かもしれないが、周りが引張ってくれるのだ。
「人間24時間365日 気合は続かない!」

続く


プラス1  早慶の比較

 学部と学生数
表が学部に対する入学募集人員である。

学部 慶応 早稲田 名大 京大
文学部 580 490 125 220
法学部 560 500 150 330
経済学部 750 525 205 240
商学部 700 535
理工学部 650 940
理学部 270 311
工学部 740 955
教育学部 0 700 65 60
農学部 170 300
医学部 68 107 107
薬学部 170 80
その他 620 1,940 275 263
4,098 5,630 2,107 2,866
付属高校 等 3,135 5,593 0 0
7,233 11,223 2,107 2,866

 
(共通点)
①理学部と工学部が合体している。
農学部が無い。
③一般受験で募集する人数と同数を、系列高校などから受入れている。
理学部・工学部一体は、同志社を始め多くの私立で採用されているが、国公立の多くは理学部と工学部は分離している(例外は東大の理科1類)。また、付属高校から、いわゆるトコロテン方式で半数近くを入学させている。
 因みに、慶応にはニューヨーク学院もあり、帰国子女を受入れている。そして首席で卒業すれば、好きな学部に入学できるらしい。
(以前、会社先輩の子供が首席で医学部に進学したのを思い出す。)


(相違点)
④早稲田に医学・薬学部は無い。
⑤慶応に教育学部は無い。
⑥慶応は“センター”試験を実施していない。
 
いずれにしても、両校とも100年以上の長い歴史を持つマンモス大学である。


 学費等

早稲田 慶応 国公立大
入学金 200,000 200,000 282,000
(学費)
授業料 1,105,000 1,150,000 535,800
設備費 250,000 210,000 0
実習費 160,000 160,000 0
諸経費 3,000 3,350 0
1,718,000 1,723,350 817,800

 表が工学部の学費である。両大学とも殆ど同額である。初年度は170万円、2年目からは150万円必要である。おまけに地方出身の下宿生ともなれば、10万円/月の仕送りは覚悟する必要があり、サラリーマンには大変である。これに比べ、国公立は入学金こそ高いが、2年目からは約1/3で済む。
 因みに、2010年の受験者数は
 慶応   48,602人
 早稲田  115,515人

で、単純に受験料35,000円を掛けると、慶応17.0億円・早稲田40.4億円の収入を得ていることになる。これに、さらに保険としての入学金20万円/人が加わるのだから、受験は大学にとって経営の根幹をなすイベントである。


試験日程・科目
最後に試験科目である。国語・社会などの文系科目はなく、英語・数学・理科の3科目で、国公立が2日間あるのに対し1日で終わる。両大学の日程も接近していることから、地方受験者への配慮(たぶん両大学を受ける)かもしれない。いずれにしても5時間30分は長丁場であり、中間日(2月15日)の過ごし方が、早稲田試験への集中力という面でも重要であろう。

慶応 試験日 2月14日(月) 早稲田 試験日 2月16日(水)
時間 科目 配点 時間 科目 配点
10:00〜12:00 理科 物理100・化学100 9:40〜11:40 数学 120
13:15〜15:15 数学 150 13:00〜15:00 理科 物理60・化学60
16:05〜17:35 英語 150 16:00〜17:30 英語 120
5時間30分 500点満点 5時間30分 360点満点